コラム:マーケティングリサーチはサービス業である

私が仕事をするうえで、以前あるクライアント(CL)からいただいた、非常に印象深い言葉があります。本日はまず、その言葉をご紹介したいと思います。

「マーケティングリサーチはサービス業である。
我々は質の高い調査をするために、それに至るまでのコミュニケーションコストの少なさや、
より良い調査をするためのカウンターパートとしての提案を期待している」

AIが普及し、誰もが簡単に情報や分析結果にアクセスできるようになるこれからの時代、この言葉の重みは今後さらに増していくと考えています。

目次

「正論」が招いたすれ違いと失注

先日、社内でこんな出来事がありました。 ある新規のクライアントから、調査のご相談をいただいたときのことです。

クライアントは調査自体にあまり馴染みがない様子で、具体的な仕様や要件は何も決まっていませんでした。そこで担当者は、具体的な目的や調査に必要な情報をヒアリングしようと試みました。しかし、まだNDA(秘密保持契約)を結んでいない段階だったこともあり、クライアントから具体的な情報を引き出すことはできなかったそうです。

その結果、担当者は「具体的な要件が固まっていないため、詳細な提案や正確な見積もりのしようがない」と判断しました。そして、調査の可否とその概算費用のみをご連絡したのですが、その後、ご発注をいただくことはありませんでした。

私は少し引いた立場でその状況をフォローしていましたが、途中の段階で「おそらくご発注は来ないだろうな」と感じていました。私の立場上、具体的な提案内容に直接関与できなかったことには慚愧の念に堪えませんが、
なぜこのような結果になってしまったのか、どうすればよかったのかをここで改めて考えてみたいと思います。

クライアントとの「温度差」はどこにあったのか

私が感じていたクライアントと担当者の間の温度差は、「ミーティングにおいて何を最重要と捉えているか」の違いでした。

クライアントは、調査手法には不慣れでも「やりたいこと」や「調査を実施する目的」ははっきり持っていました。
そのうえで彼らが一番気にしていたのは、「その調査は現実的に可能なのか(御社で実施できるのか)」という実現可能性と、「その場合の費用感」でした。

一方で担当者は、「目的を達成するための要件定義が決定的に不足している」というリサーチャーとしての正しい観点から、目的の詳細、データの活用指針、調査設計の詳細などを確認しようとしていました。

担当者の言っていることは、決して間違っていません。
むしろリサーチのセオリーとしては正しいアプローチです。しかし、「順番」に問題がありました。

求められていたのは「推理」と「シミュレーション」

「マーケティングリサーチはサービス業である」という視点に立ち返ると、
担当者が気にしていた要件定義は、クライアントの関心事からは一見ズレているように映ってしまいます。

クライアントの関心にまず応えることが最優先です。ビジネスの観点から見ても、受注しなければ何も始まりません。受注するためには、クライアントの不明点を解消し、「あなたの目的はこの調査で達成できますよ」と道筋を示すことが大前提となります。

もちろん、目的達成のためには調査設計や手段の詳細が極めて重要です。しかし、そこがクライアントの焦点ではない以上、プロフェッショナルとして設計の重要性は伝えつつも、あくまで「お見積りの補足情報」として、こちらから先回りして提案する姿勢が必要だったのです。

情報が不足しているなら、どうするべきか。 松竹梅ではありませんが、少ない情報から想定されるケースを網羅した複数の設計パターンを事前に用意し、その根拠を「ご提案」として提示する必要がありました。

今回のように十分な情報が開示されない状況とは、いわば少ない手がかりから相手のニーズとそれを満たす企画を導き出す、犯人のいない「ハウダニット(Whodunit:どのように実行したか、するのか)」を解き明かす推理ゲームのようなものです。そして同時に、目的達成までの過程において、相手の好みや状況を常に考慮しながら最善のルートを模索する恋愛シミュレーションゲームでもあるのです。

おわりに:AI時代に選ばれるパートナーとは

結論として、どれほど正しい考え方や正攻法、あるいは他のCL対応では100点満点の「調査会社としての普通」
を貫いたとしても、相手や状況次第ではバッドエンドを迎えてしまいます。

「マーケティングリサーチはサービス業である。我々は質の高い調査をするために、それに至るまでのコミュニケーションコストの少なさや、より良い調査をするためのカウンターパートとしての提案を期待している」

冒頭の言葉がどれほど核心を突く至言であるか。今回の件は、それが身につまされる経験となりました。

私自身、コミュニケーションが得意だと自負しているわけではありません。
しかし、AIが普及し、単なる「作業」の価値が低下していく中で、
「この人と一緒に仕事をしたい」「良きビジネスパートナーだ」と思っていただけるような、
期待を超える提案と気配りができるプロでありたいと、強く心に留めています。

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